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東京地方裁判所 昭和62年(モ)4732号 決定 1987年11月27日

申立人 株式会社 三越

右代表者代表取締役 坂倉芳明

右訴訟代理人弁護士 河村貢

同右 河村卓哉

同右 豊泉貫太郎

同右 岡野谷知広

被申立人 甲野太郎

主文

被申立人は、この決定の送達の日から一四日以内に、担保として金五〇四万六九六〇円を供託しなければならない。

理由

一  本件申立ての要旨は、次のとおりである。

1  被申立人は、申立人を被告として、申立人の昭和六二年五月二八日に開催された定時株主総会における利益処分案の承認決議、定款一部変更決議、取締役及び監査役の選任決議並びに退職役員に対する退職慰労金贈呈決議の取消しの訴え(以下「本件訴え」という。)を提起した。

2(1)  被申立人は、申立人以外の三社について、いずれもその株主として株主総会決議取消請求の訴えを提起し、いずれの訴えについても敗訴した経歴を有する者である。

(2)  被申立人は、申立人に対し、昭和六一年九月六日以降数度にわたり、数年前に申立人の店舗において購入したと称する衣類について、不良品の故にポケットの裏地が擦り切れたといった根拠のないいいがかりをつけた上、申立人が誠意をもって対応したにもかかわらず、株主総会においてこの点につき発言する意図をもって、その基準日の前日に急拠被告の株主となったものである。

(3)  被申立人は、訴状に、決議取消事由として、著しく不公正な方法で被申立人その他の株主の正当な質問権を奪い十分審議を尽くさないで決議を行ったこと、公開の原則に反しテープレコーダーの議場への持込みを禁止したことを掲げているが、いずれも明らかに根拠のない事実である。

(4)  以上のように、被申立人の本件訴えの提起は、株主としての権利を擁護するためではなく、株主権を濫用し申立人を困惑させるためになされたものであって、商法第二四九条第二項において準用する同法第一〇六条第二項の「悪意」に出でたものである。

3  被申立人が本件訴えを提起したことにより、申立人は商法第二四七条第二項において準用する同法第一〇五条第四項の規定による公告の費用として二四万六九六〇円を支出したほか、一審弁護士費用五〇〇万円、二審弁護士費用五〇〇万円、訴訟遂行のための諸雑費三〇万円の支出を余儀なくされるに至り、上告審における弁護士費用の支出も見込まれる。

4  よって、申立人は、申立人が受けるべき損害につき、被申立人に対して相当の担保を提供すべき旨命ずることを求める。

二  よって検討するに、本件訴訟事件記録並びに申立人及び被申立人が提出した疏明資料によると、以下の事実を一応認めることができる。

1(1)  申立人は、百貨店業その他を目的とする資本金二二〇億九四三六万七六〇〇円、発行済株式の総数四億四一八八万七三五二株の株式会社であること。

(2)  被申立人は、昭和六二年二月二七日に申立人の株式一〇〇〇株について名義書換えをした申立人の株主であること。

2(1)  被申立人は、昭和六二年六月一五日、申立人の昭和六二年五月二八日に開催された第一五二期定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)における第一五二期利益処分案の承認決議、定款の一部変更承認決議、取締役一二名の選任決議、監査役四名の選任決議並びに退任取締役三名及び退任監査役三名に対する退職慰労金贈呈決議の取消しを求める訴えを当裁判所に提起したこと。

(2)  被申立人は、訴状において、被申立人その他の出席株主の質問権を奪い著しく不公正で十分審議を尽くさないまま決議を行ったこと、株主総会の公開の原則に違反し株主に総会議場へのテープレコーダーの持込みを認めなかったことを決議の取消事由として挙げていること。

(3)  被申立人が本件株主総会において質問する予定であった事項は、申立人が国策に協力しているかどうか、客本位の経営理念に基づいて経営されているかどうか、客の信頼に答えるため苦情処理に対する十分な態勢をとっているかどうか、信用よりも目先の利益を優先する経営方針をとっているのではないか、というものであること。

3(1)  被申立人は、東京建物株式会社を被告として昭和六〇年三月二九日開催の同社の株主総会における決議の取消しの訴えを提起したが、地裁、高裁、最高裁でいずれも敗訴し、日本電気株式会社を被告として昭和六〇年六月二八日開催の同社の株主総会における決議の取消しの訴えを提起したが地裁、高裁でいずれも敗訴し、更に株式会社日立製作所を被告として昭和六一年六月二六日開催の同社の株主総会における決議の取消しの訴えを提起したが地裁、高裁でいずれも敗訴した経歴を有する者であること。

(2)  被申立人は、昭和六一年九月六日、申立人の店舗で数年前に購入したという夏用の替えズボンを被告本店に持参してポケットの裏地が擦り切れたという苦情を申し出、同年一二月九日には、申立人から購入したランニングパンツのゴムが軟化したとの苦情を国民生活センターに申し立て、同月二四日には八年前に申立人の店舗で購入したという使用中の半袖紳士肌着と新規に購入したという肌着を被告本店に持ち込んだ上、使用中の肌着が新品の肌着と比較して一〇センチメートル縮んでいるとの苦情を申し出たこと。

(3)  被申立人は、昭和六二年二月一四日、申立人の株式、株主総会に関する事務を担当する総務本部総務部を訪れ、「三越で買った紳士用下着が縮んだ、ズボンのポケットが破れたので直してもらったが直し方が悪い、それらの原因について回答を求めているが未だ回答がない、回答するよう至急担当部に連絡してくれ、回答がなければ公の場ではっきりさせる」といった苦情と要求を述べたこと。

(4)  被申立人は、申立人の五月に開催される定時株主総会のための基準日である二月二八日の前日になって、それまで申立人の株主ではなかったにもかかわらず、急拠、一〇〇〇株(一単位)の株式の名義書換えを行い、申立人の株主となったこと。

(5)  被申立人は、本件株主総会において、(2)(3)の事実に基づいて、2(3)の質問をする予定であったこと。

三  右に認定した事実によると、被申立人は、申立人から購入した商品に関する個人的な苦情の申出を株主総会の場において質問の名を借りて再現しようとしたものと推認することができ、この点と被申立人が既に申立人以外の三社を被告として株主総会における決議取消しの訴えを提起しいずれも敗訴していること、被申立人が本件訴訟において決議取消しの事由としている「株主の質問権が奪われた」という点が結局のところ、被申立人のそのような質問をする権利を奪ったということに帰すること、「株主総会へのテープレコーダーの持込みの禁止」といった決議取消事由とは到底なりえないことを取消事由として挙げていることとを併せ考えると、被申立人の本件訴えの提起は、株主としての正当な権利利益を擁護・確保するという目的からではなく、これによって申立人を困惑させることを意図するとともに、百貨店業を営む著名な申立人を被告とする訴訟の提起とその遂行により自己の個人的心理的満足を得るために行ったものと推認することができる。したがって、本件訴えの提起は、商法第二四九条第二項において準用する同法第一〇六条第二項の「悪意」に出たものというべきである。

四  次に、申立人提出の疎明資料によると、本件訴えの提起により申立人に次の損害が生ずるものと一応認めることができる。

1  公告費用 二四万六九六〇円

申立人は、被申立人が本件訴えを提起した結果、商法第二四七条第二項において準用する同法第一〇五条第四項の規定による公告をし、その費用として二四万六九六〇円を支出したことを認めることができる。

2  弁護士費用 四五〇万円

申立人は、本件訴えに応訴するため弁護士河村貢に訴訟代理を委任し、第一審における着手金として二五〇万円、第一審勝訴の場合の報酬として二五〇万円、第二審における着手金として二五〇万円、第二審勝訴の場合の報酬として二五〇万円を支払うことを約したことを認めることができる。しかし、本件事案の性質からすると、右弁護士費用のうち、第一審については、二〇〇万円、第二審については一五〇万円が、本件訴えの提起と相当因果関係のある損害というべきである。他方、被申立人が申立人以外の三社を被告として提起した別件訴訟の経過からすると、本件訴えについては、被申立人において第二審で敗訴した場合には上告するものと認められるので、その場合の弁護士費用として、更に一〇〇万円の損害が申立人に生ずるものと推認することができる。したがって、申立人に生ずる損害としての弁護士費用は、合計四五〇万円となる。

3  訴訟遂行のための雑費 三〇万円

本件事案の性質からすると、申立人は、第一審から上告審までの訴訟遂行のため、諸文書の作成費用、訴訟記録の謄写費用その他の雑費として、少なくとも三〇万円の支出をしなければならないものと認められる。

五  以上において判示したところによると、申立人の本件申立ては理由があり、被申立人の提供すべき担保の金額は五〇四万六九六〇円が相当であるから、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡久幸治)

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